生き方/考え

[努力は裏切る]やればできるは嘘だと思う。無理なもんは無理。

僕はかなり前向きな性格をしていると自分で思っているのですが、やってもできないことはできないものであると考えています。

例えば身長というのは、ほぼ遺伝で決まりますよね。生活習慣でも多少変わりますが、これに異論がある人はいないでしょう。

身長だけでなく、顔のつくり、モデルやアイドルになれるかどうかというのも生まれつき決まっているものです。努力すればだれでもなれるものではないですね。

では勉強や頭脳分野ではどうかというと、こういった先天的な才能が関係していると認めたがらない人が多いのではないかと僕は思います。この記事でいう勉強とは、大学の一般受験のようなものについてです。

勉強に関してはことさら「やればできる」と思っている人が多いような気がします。データも統計も何もなくただの肌感覚です。「それってあなたの感想ですよね?」と言われたらまさにそうであると答えます。雑記ブログなので許してください。

勉強はやればできるものではない

勉強ってやればできるってものではないと思います。これだけいうと語弊があるので詳しく言うと、

  • やればできるし実際にやって成果がある人
  • やればできるし実際にやっている、しかし成果がない人
  • やればできるし実際やっている、しかしやり方が間違っている(効率が悪い)人
  • やればできるポテンシャルはあるが環境などの外部的要因でできない人
  • やればできるけどシンプルにやらない
  • やればまあ結果は出る人
  • やってもできない人、ただ努力が足りないだけ
  • どんなに努力しても無理な人

という風に分けられるのではないかと僕は思っていて。

勉強は確実に生まれ持ったものが関連していると思います。関してはというか、もう人生のありとあらゆるものが生まれ持ったものでかなり決まっていると思っています。こんなことを書くと炎上するかもしれないですが、やっぱりやってもできないことはできないでしょう。

運動もそう

アスリートやオリンピックで金メダルをとるような凄すぎる人というのは、まさに血の滲む努力を積み重ねてきたのはもちろんでしょうが、確実に生まれつきの才能が関係していると思います。思いますというか、関係していないわけがないと僕は断言できます。

自分を下げるようなことは言いたくないですが、僕は運動音痴だからです。アスリートとして食べていくのは100%無理です。100%、絶対、とすぐ言い切る人が僕は好きではないですが、僕の運動能力はそれくらいないということです。

あと僕は絵を描くことも苦手です。プロフィールのきゃべつのアイコンは自作ですが、それを見たらなんとなくわかると思います笑

運動や絵に限らず、僕の好きなゲーム関連の職業である、プロゲーマーもそうであると言えます。

今はプロゲーマー育成専門学校なんてものがあるようですが、僕は心配になります。プロゲーマーというのは非常に狭き門であると思うし、もしプロとして食べていくことができなかったら、ただ高い学費を払って2年間をゲームに費やしただけになってしまう可能性があります。

「プロゲーマーが無理でもYouTubeなどの配信で稼げるでしょ」という意見もあると思いますが、配信をするにしてもトーク力、声質、顔出しをするならルックスといったまた別の要素も絡んできて、なんかもうめっちゃ面倒で大変なことになる気がします。

ウメハラは彼だからこそウメハラであるのだと思います。

モテるのかモテないのかもそう

異性(僕が知っているのは異性のパターンだけなので)にモテるかモテないかってのは、圧倒的にルックスであると思います。9割、いや10割と言ってもいいでしょう。

見た目が良い人は人に好印象を与えますし、圧倒的人気があります。そして反対に見た目が微妙な人は初見で良い印象を与えることはまずないです。

ここの文章だけを切り取って誤解してほしくないことは、ここでいう「モテる」の定義は何かというと、ぱっと見の第一印象での異性受けが良い、という非常に浅いものです。見た目が「良い」「悪い」というのも個人の主観によるものなので、とても曖昧で薄っぺらい定義なんかないような概念です。

ごちゃごちゃ書きましたが、見た目ってのは生まれ持った才能であるということです。確かに見た目は自分の努力次第でかな〜り”改善”できます。昔の僕は太っていて眼鏡をかけていてダサいファッションと無頓着な髪型をしていて自分に自信がなかったのですが、今は運動と筋トレをしてコンタクトレンズにしてファッションセンスを鍛え美容院に行っているので、見た目はかなり改善し自分に自信があります。しかし、モデルやアイドルにはなれません。元々がそんなルックスではないからです。

見た目に限らず、声というのも生まれつきの才能がかなり関係していると思います。僕は全く詳しくないですが、声優や歌手になれるかなれないかというのは圧倒的に生まれつきなものな気がします。声優学校に行ったからってなれるものではないでしょう。それで成れているのなら全ての人が夢を叶えているはずです。

何が言いたいかというと、

  • 才能×努力量(効率的な正しい努力)=結果

であるので、才能がない人がどんなに努力しても無理なのは無理だということです。やっぱ、結局、残念なことに、人生というのは不公平なもので、やってもできないことはできないというのが人生であると思います。また才能がある人だとしてもそこにもまた才能vs才能の差があります。

だからこそ、できることを伸ばそう

あまりにも暗すぎることを書いてきてしまいましたが、だから人生に絶望しようってことが僕の言いたいことであるわけがないです。

できないものはできないんだからそれはもう潔く諦めて、できることや得意なことに集中したほうが人生はめっちゃ楽しいし輝くし幸せじゃない?ってことです。

得意なことは簡単にできるし、できるからこそ成長スピードも早いし、オリジナルの才能であればあるほど他者と差別化でき、自己肯定感が上がります。ビジネスをするにしても上手くいく可能性が高いでしょう。そして圧倒的長所があれば短所は無効になると僕は思っています。

あと、もともとできることをどんどん伸ばしていくことが僕はすごく楽しいです。短所を補ってばかりいても平凡人間が完成するだけじゃないですか。

確かにできない自分、できないことがあるのを知るのはつらいです。自分の限界なんて見たくないです。なんでもできるスーパー人間でありたい、それでめっちゃすごいと思われたい、と言う気持ちは僕にはあります。でもそんなことできるわけないのが現実ってもんじゃないですか。

いやしかしそれでもチャレンジするぜ、と言う人もいるでしょう。しかし、人生というのは全てトレードオフの関係であると僕は思っています。

人生の全てはトレードオフ

ハンバーガーとポテトとコーラは最高に美味しいですが食べると太ります。マジであの組み合わせを考えた人は大天才の極みです。あと、マックシェイクとナゲットも追加で。ポテチもいっちゃいますか。

そして、鳥の胸肉とブロッコリーはあまり美味しくないですがめっちゃ健康です。

っていうのが僕がよく使うトレードオフの例です。

このように、人生に全てのものにチャレンジして全てをできるようになろうとします。しかしそのトレードオフの関係にあるものとして、時間や人間関係があります。何かをやっているとその分他のことに使える時間はなくなります。自分のことに時間を使ってチャレンジしていると、その分人間関係が疎かになり、友達がいなくなってしまうかもしれません。これらは極論かもしれませんが、でも本質的にはそういうものであるといえます。

ちなみにどんなに食べても太らない体質の人はいるので、これも今までの話に関係してきますが、才能であるといってもいいのかもしれません。

根拠もなく「やればできる」という人は無責任

「やればできる」「努力が足りない」と気軽に言う人は無責任であると思います。

「やればできる!」と信じて疑わない人は、人生と向き合って真剣に何かに打ち込んだ経験がないか、たまたま才能あるジャンルにいきなり出会えて大した挫折もせずに生きてこられた幸運な人か、単に視野が狭い人だと思います。

特に勉強の場合はそれが顕著に出るでしょう。そしてそういうラッキーな人が勉強の才能がない人に向かって「勉強はやればできる」というから世の中おかしなことになるのだと思います。適性がないにも関わらず無駄に浪人してしまったり、最初っからできるわけないのに自分にはできないと無駄に精神を病んでしまったり。

人間は基本的に希望を持ちたいものであって、そして現実を見たくない人が多いでしょう。僕もそうでした。でもある時、現実を見ないと結局それは永遠と現実逃避をし続けることになり、総合的に人生を幸せで満たすことからは遠ざかっていることに気がづきました。

やればできるっていうのはものすごく聞こえがいいんですね。理想主義というのはいつも人を気持ちよくさせてくれます。

しかし自分のために現実を見るべきでしょう。希望を持つために勇気を持って現実を直視し、理想を描いたならそれをどうやって実現させるか考え、そして決まればあとは自分を信じてやり続けるだけです。

僕は人間の可能性というのは人それぞれ無限大にあると思います。だからこそ、向いていないことはやらないほうがいいのではと。

例えば人間には睡眠のクロノタイプがあって、夜型の人は朝早く起きるのが辛いが、現代社会は朝方を基準に回っているため、苦労することが多いですね。

それなのに、努力じゃどうにもならないのに起きられないのは努力が足りないせいだと理不尽なことを言われたり。

勉強に関しては、明らかに勉強の才能がないのに、ほかに素晴らしい才能があるかもしれないのに、学校の勉強(受験勉強)ができるかどうかということだけに焦点が当てられ、他者から勝手に判断され、落ち込んでしまう子どもがいたりして、本当に可哀想です。

そういえば「ビリギャル」っていう実写を元にした映画があるじゃないですか。僕は彼女の詳しいことは知りませんが、多分あの人は勉強をやっていなかっただけで、地頭は良いのだと思います。

向いていないことをやっても上手くいかないし、成果はでないし、すると気分は落ち込みメンタルはどんどんやられていきます。それってつまらないどころか最悪のループに入ってしまう危険性があります。

最後に

「やればできる」「なんとかなる」

という希望はとても大切です。しかし、それはあくまでも一時的な希望に留めておくべきで。人間は結局現実をしっかり直視して、生きていかないといけません。いけませんというか、そっちの方が総合的に見た時に圧倒的に幸せだと思います。

実際にやればできるのであれば、世の中の100%の人が成功して最高に幸せな人生を送れているはずじゃないですか。

人間の可能性は無限大であると僕は信じています。でもだからこそ、その可能性を最大限生かすためにできないものはできないと諦めることは大事であると思います。

一つの夢を諦めても、そうしたら必ずまた新しい夢が見つかります。

僕はこのブログで「生き方/考え」というカテゴリを作っていろいろなことを書いていますが、結局のところ僕がブログで発信したい、一番言いたいことはこれです。

やりたいことをやろう

人生1回しかないわけなので、やりたいことをやらないでどうするって感じです。やりたくないことやって一体何になるんですか?あなたはそんなに暇なんですか?

やりたいことや好きなことがあったほうが人生は確実に輝きます。まぁ、やりたいことをやっていれば順風満帆で最高なんて甘ったれたことはあるわけなく。つらいこともあります。でも、目標や夢があればそれに向かって頑張れます。険しい道だとしても、夢のために諦めずにやろうとまた前を向くことができます。

20歳になってようやくここ最近で自分の本当にやりたいことがわかったので、僕はその野望や夢を実現させるために日々忙しいです。が、とてもやりがいがあって毎日楽しいです。しかしそれでも不安はあります。「本当にできるのか」と。でも、それはやり遂げないとわからないじゃないですか。だから僕は自分に挑戦します。

この記事が参考になったり、誰かの勇気を応援することができれば幸いです。

きゃべつ
日々思ったことをエッセイとして書いています。 2002年生まれ。男性。HSS型HSPらしいです。文系学部の大学2年生。 詳細はアイコンよりどうぞd( ̄  ̄) 音楽を作ってYouTubeに投稿もしています。
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