僕は予備校での1年間の浪人を経験しました。
その時に体験した、「予備校のおかしさ」をここにまとめておきます。
これから予備校に入り、浪人しようと考えている人は、ぜひこの現実を直視していってください。(笑)
また、この記事が現状のおかしな仕組みを変えるきっかけとなればと思います。
おかしなチューター
「人生で今以上に勉強することはない!」と、大勢の前で豪語しているチューターがいて驚きました。「そんなわけねえだろ」と。
当人は受験生を鼓舞するつもりで言ったのかもしれませんが、あまりにもおかしな発言だと思います。そういうことを平気で言う人がいるから、このくだらない受験という仕組みがなくならないのだなぁ、と思いました。
他にも、知ったかぶりで上から目線で人を見下している感が全身からにじみ出ている命令口調のチューターもいましたね。
あるとき志望校について合格できるかどうか不安になったと相談に行ったら、大学の偏差値表を見ながら、「こんなレベルの低いところになってもいいの?」的なことを言っていて、「愚かだなぁ」と思いました。
まあ、そもそも予備校というところは偏差値で人をはかるようなふざけたところなので、そこで働いている人もそういう考えにそまっているのかもしれませんが。
「偏差値」が「低い」大学を見下している人全般に当てはまると思いますが、そのように偏差値が低いところをバカにする人は、実際その大学に通ってそこの授業を受けてサークルや部活に打ち込んで仲間と語らいあってその大学での生活を体験したことがあるのか?と、僕は言いたいですね。
僕の反省
僕が浪人中に書いた「浪人生活記」という記事があります。その中で僕はいわゆる「Fラン」と呼ばれる、偏差値がボーダーフリーの大学のことを笑うようなことを書きました。
今となっては、それは恥ずべきことだと思っています。その時の僕も結局、社会にはびこるくだらない偏差値至上主義を刷り込まれ、染まってしまっていたのだと。

↑のシリーズの何番目かの記事に書いていたと思います。
上から目線なおかしい講師
「専門学校とかわけのわからんところに行くやつはダメだ」と、「お前の発言がわけわからん」と言いたくなる発言を生徒の前でおおっぴらにする講師もいました。
とにかく、講師の当たりはずれがひどかったです。
素晴らしい講師もいましたが、全員がプロ意識をもって真摯に授業をするものだと思っていたので、とてもがっかりしました。
そして、アドラー心理学でいう縦の関係を築いている講師がいて、非常に気分が悪くなりました。横の関係の大切さを再認識しました。
「予備校には情報がそろっている」は嘘
僕は、予備校は受験の仕組みや方法を完全に体系化していて、チューターは受験に関するすべてのことを知っているものだと思っていました。予備校には完全な情報があると思っていました。実際、予備校の宣伝ではそう謳っていましたし。
なのに、チューターは僕の質問に全然答えられない。そして、講師やチューターによって、言っていることが人それぞれ全然違うんですよ。
僕が所属していた予備校は大手予備校なので、不備はないものと思っていました。心底がっかりしましたね。
“受験のプロフェッショナル”たちが、だれもが違うことを言っているって、おかしいですよね。
最後に
受験業界っていい商売なもんですよね。
この国にくだらない受験の仕組みと社会的な風潮が存在している限り、つぶれないわけですから。
あとは、少子高齢化が極限まで達して子どもがいなくならない限り。
上から目線で学生に指示し、「偏差値」を一方的に作って人の気持ちを勝手に傷つける。そして自分たちがやっていることはあたかも正義であるかのように社会の中でふるまう。
完全に変な話です。そしてそれを当たり前としている社会もおかしいと思います。
いつまでこんな仕組みを続けるのかと。若き人たちを傷つけ、可能性を奪うのかと。
今そういったことに携わっている人は、自分の行いを、ぜひ今一度胸に手を当てて考えてみてほしいですね。

